東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1911号 判決 1964年7月31日
第一審原告 島田信用金庫
理由
一、第一審被告落合壮一に対する請求について。
(一) 被告落合を振出人とする原告主張通りの内容の手形三通即ち原判決添付目録記載の(ニ)(ホ)の二通の手形を受取人日本石材工業株式会社(以下日本石材と称す)より、また(ハ)の手形一通を受取人日本石材より裏書を受けた沖虎次郎より、それぞれ拒絶証書作成義務免除の上、原告金庫が裏書譲渡を受けたことは甲第一乃至第三号証手形の記載及び原告金庫が現にこれを所持すること竝に当審証人岡本重夫、浅原一夫の供述によつて之を認めるに十分である。而して甲第一号証(原判決添付目録(ハ)手形)、同第二号証(同上(ニ)手形)の手形の振出人名下の印影が被告落合の真正な印影であることは同被告の認める所であるから、他の反対の証拠のない限り右二通の手形は真正に成立し被告落合によつて振出されたものと推定すべきである。
被告落合は右甲第一、二号証手形及び同第三号証手形(原判決添付目録(ホ)手形)の振出を否認し此等の手形はすべて訴外涌田甚五郎の偽造振出に係り而も第三号証の振出人の署名印影を否認する。そして原審に於ける同被告本人の供述(第一、二回)、原審(第一、二回)及び当審に於ける証人涌田甚五郎の供述の中には被告落合の右主張に符合する供述がある。仍て此の点について検討する。
(1) (証拠)を綜合すれば、甲第一乃至第三号証手形はそれぞれ現在記載の如き裏書を備えたまま受取人たる日本石材の使用人であり当時同会社の一切の経営を担当していた涌田甚五郎(但し第一号証は前示の如く沖虎治郎)が持参して原告金庫に割引を求めたので、同原告は之に応じて割引を為し右各手形を取得したことを認めるに十分である。
(2) 原審証人涌田甚五郎の供述(第一回)によれば、日本石材は昭和三三年七月頃から三五年夏頃迄の間に被告落合から手形を振出してもらい之を原告金庫に持参して割引を受けていたが、その手形の数は十四、五通位にのぼり、何れも融通手形であつたこと、被告落合から融通手形を振出して貰う場合には、手形には必ずしも落合自らは書入をなさないで右涌田が手形要件を書き入れ、落合は振出人としての判を押すのみの場合のあつたことを夫々認め得る。(また原審に於ける被告落合の供述(第一回)によるも、その回数の点は別として、同人が涌田に対し甲第一乃至三号証手形の振出前に於いて融通手形を振出してやつたこと、振出については涌田が要件を書き之に振出人として落合が捺印する方法によつたことのあることを認め得る)。
(3) (証拠)を綜合すれば、日本石材竝に沖虎次郎は昭和三三年頃より昭和三五年頃迄の間に被告落合振出の約束手形により原告金庫金谷支店に於て屡々割引を受けており、被告落合は此のことを考慮して昭和三四年九月五日には同支店に対しその印鑑の届出を為したことを認め得る。のみならずに本石材が昭和三三年七月一八日以降同三五年五月二三日までに原告金庫金谷支店に於いて割引を受けた被告落合振出の手形合計一〇通は何れも無事決済されていることを認めるに十分である。
(4) 本件に現れたすべての証拠によるも甲第一乃至第三号証手形に記載されている振出年月日当時(昭和一五年六月二七日乃至同年八月一二日)又はその以前に於いて被告落合が日本石材又は涌田甚五郎に対して融通手形の貸付乃至振出を拒絶した如き事実は何等これを認め得ない。
(5) 原審証人涌田甚五郎の供述により成立の真正を認め得る乙第一号証の一、二、同第二号証の記載によれば一応形式的には被告落合の主張を肯認させるかの如き印象を与えないでもない。然し、(イ)乙第一号証の二の前半の記載によれば寧ろ涌田が従来被告落合から金融面に於いて継続的に少からず援助を受けていたことを推認せしめるに十分であり、もし落合主張の如く本件手形が孤立的突発的に偽造されたものであるならば、僅か三通であるから、偽造者たる涌田はその手形を特定し乃至は特定し得る程度に表示し且つ割引銀行等をも記載して落合に報告するのが常識であるに拘らず乙第一証の二の後半には此の点について極めて一般的にしか記載してないこと、然るに落合は右乙号証の手紙を涌田より受取るや真ちにその割引銀行たる原告金庫金谷支店に到つて調査乃至交渉していることは弁論の全趣旨によつて明かであること、其他前示(1)乃至(4)の事実に徴すると、右乙第一号証の二の記載は、当裁判所をして真実に合致したものとの心証を得さしめるに足りない。(ロ)また前示乙第二号証は、本件弁論の全趣旨によれば、涌田乃至日本石材が全く支払不能となり収拾の方策がなくなつた後に涌田が落合に対して作成交付したものであることが明らかであり、此の事実と原審竝に当審証人鈴木浅次郎の供述竝に前示(1)乃至(4)の事実及び(5)(イ)等の事情に鑑みると、右乙第二号証の記載に付てもこれが真実に合致したものとの心証を形成することが出来ない。
(6) 以上(1)乃至(5)の事実に鑑みるときは甲第一、二号証手形は真正に成立したものとの推定を覆すことを得ない。
(7) 次に甲第三号証手形について案ずるに、同号証の被告落合の記名印及び名下の印影の真正は同被告の否認するところであるが、右記名印及び名下の印影が同被告の使用のものであつたことに付ては之を認める何等の証左なく、又原審及び当審に於ける証人涌田は何号証手形は甲第一、二号証手形と同時に落合方に於いて自ら盗用した旨供述するが、甲第三号証手形を同第一、二号証手形と比較するに、被告落合名下の印が異なるのみならず、そのインクの色をも異にすること明らかであるので甲第一、第二号証と同時に作成したものとは到底認め得ず、他に右甲第三号証が被告落合の意思に基いて作成されたとの立証のない本件に於いては、結局偽造されたものと認めるを相当とする。
(8) 以上の如くであるから被告落合に対する主たる請求の中(ハ)手形(甲第一号証)額面金一二万円及び之に対し訴状送達の日の翌日である昭和三五年一一月一六日以降完済迄年六分の、また(ニ)手形(甲第二号証)の額面金一〇万円及び之に対する満期の日の翌日たる昭和三五年九月二九日以降(支払のための呈示、拒絶のあつたことは甲第二号証の記載により明かである)完済迄年六分の割合による支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、(ホ)手形(甲第三号証)の第一次請求は失当として棄却すべきである。
(二) 仍て甲第三号証手形(即ち(ホ)手形)に関する原告の予備的請求について検討する。
(証拠)を綜合すれば、昭和三五年九月五日被告落合は原告金庫金谷支店に来店して、本件三通の手形につき自己の振出でない旨を言いつつも同日及び翌九月六日の両日に亘り同支店に於て係員と交渉し、その結果振出人としての信用を重んじその支払の責に任ずることを同支店に対し確約し、前示甲五号証を作成して差入れたことを認めるに十分である。然も前段(一)に於いて認定の諸事実竝に甲第五号証の作成が前示の如く九月五日、六日の交渉の上作成されたもので原告金庫側からの交渉により突然行はれたものではないこと、落合としても業者として手形に就いては十分知識を有していたものと推認されること、右契約の締結に際し特に落合の窮状に乗じた等の形跡のないこと等を参酌すれば、右甲第五号証記載の契約は確定的に成立したものと認むべく、被告落合は、その翌日以後原告金庫金谷支店に対し右確約を延期乃至否認取消等の趣旨を申入れているが、原告金庫に於いて、右申入を承諾した形跡のない本件に於いては、右契約は有効に成立したものと認めざるを得ない。以上の認定に反する被告落合の供述部分は採用することを得ない。而して甲第五号証によれば右確約中には前示(ホ)手形(甲第三号証)をも含むこと明かであり、同号証に定めた割賦払乃至期限の利益は既に第一回支払期日に於いて喪失したこと明かである。従つて被告落合に対し右特約に基き(ホ)手形額面金一二万円及之に対する満期の日の翌日たる昭和三五年一〇月三〇日以降完済迄年六分の支払を求める原告の予備的請求は正当というべく、附帯控訴は理由がある。
(以下省略)